本研究は、鎌倉時代の仏教彫刻をより広い視点から理解するための一つの方法として、作例と鎌倉幕府とのかかわりを通して、政治的・社会的背景を考察することを目的としている。そのためには、まず個々の作例の位置付けを明らかにする必要があり、個別作例研究を集積することが本研究のまず最初に目指すところであった。 その成果は、別添冊子の通りであるが、合計で17件の個別作例研究を行うことができ、その中から裏面11に記した8件の論文等を公表した。これまで制作年代や位置付けが曖昧であった神奈川・常楽寺釈迦如来坐像、静岡・願成就院阿弥陀如来坐像(本尊)、神奈川江島神社弁才天坐像、神奈川・宝城坊薬師如来坐像、神奈川・建長寺千手観音坐像等の作例は、個別作例研究により制作年代を始め、造像背景を推定することに成功した。また、神奈川・正眼寺地蔵菩薩立像や栃木・西明寺千手観音立像などの在銘基準作についても、作者や造像背景の点から新たな光を当てることができた。 さらに、こうした個別作例研究を通じて、造像の目的や契機の分類、造像を担当する仏所、様式の変遷等についても考察した。その結果、造像の契機は、源平合戦や和田合戦、承久の乱、宝治合戦、元寇などの戦乱や政治的要人の失脚など、政治史上の動乱や変動と、それに伴う所領の支配関係の変化、交通や通商の発展などが大きく関わっていることが確かめられた。また、担当仏所については、従来指摘されていた鎌倉前期における慶派仏所とのつながりをさらにきめ細かく実証できたほかに、遅くとも十三世紀中葉に鎌倉に誕生した幕府親近の仏所の存在を検出し、これを「鎌倉派仏所」と仮称した。 今後さらに他の作例についても個別作例研究の公表を予定しており、併せてそれらを通観した視点から考察を進展させたい。
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