20歳を超えたニホンザルは繁殖能力が低下し、老ザルと言われる。このニホンザルを対象として、老化に伴う認知能力の低下のプロセスと社会行動の変化を実験と行動観察によって明らかにすること、人口学的資料から老体の社会的存在意義を探ること、また、ニホンザルよりも進化的にヒトに近縁のゴリラについても加齢に関係した社会行動の変容を明らかにすることが、本研究の目的である。 野外集団を対象とした研究:老齢オスは数年に渡り特定のメスとの親和的な社会関係を持続している。しかし、交尾期においては、別のメスとの持続的な交尾を伴った関係が確認された。射精を伴う交尾を確認したが、繁殖に結びつくかどうかは不明である。高位メスは老齢になっても、依然として、若い高齢のメスと同等の毛づくろい関係などを維持していたが、下位メスは老齢になると、孤立傾向が著しかった。すなわち、老化のプロセスは社会的順位によって異なることが明瞭であった。また、高位のメスが祖母として生存していることは、その孫の生後1年間の生存に有利に働くことも確認された。 老齢メスを対象とした学習実験:野外では25歳を超えると生存が極めてまれになるが、飼育環境下で35歳になるメスの空間記憶能力を実験的に調べた。当該の能力は、若い個体に比べて極めて劣っているが、それでも学習が促進することも確認された。また、毎年継続的な学習訓練を受けていると、同様の能力は、25歳を超えても実験開始時の能力が維持される可能性が強いことが縦断的研究から明らかになりつつある。 ゴリラの社会行動:l1歳の孫娘が10ヶ月の子どもを残して死亡したとき、40歳になるメスはひ孫にあたる10ヶ月の子どもの養育行動を盛んに示し始めた。飼育下であっても、繁殖に直接関与できない老齢メスのゴリラが血縁関係にある幼児を世話できることが確認され、大型類人猿における老齢個体の社会的役割の一端が明らかになった。
|