ニホンザルを対象として、老化に伴う認知能力の低下のプロセスと社会行動の変化を実験と行動観察によって明らかにすること、人口学的資料から老体の社会的存在意義を探ること、また、進化的にヒトに近縁のゴリラについても加齢に関係した社会行動の変容を明らかにすることが、本研究の目的である。 1.野外集団を対象とした研究:老齢オスは数年以上に渡り特定のメスとの親和的な社会関係を持続しており、これが自身の社会的順位の維持に役立っていると推測される。年齢に関係なく、娘、孫娘、姉妹などの近縁メスとの関わりが相対的に高い頻度で維持されたが、その中で、高齢メスほど自分の末娘との親和的関わりを特段に多くする傾向が顕著であった。他方、冬季に限って高齢メスには非血縁の0歳齢、1歳齢個体との身体接触が多く、寒さへの対応と推定された。2.老齢メスを対象とした学習実験:野外では25歳を超えると生存が極めてまれになるが、飼育環境下で35歳になるメスの空間記憶能力を実験的に調べた。25歳までの個体では、空間記億能力の減衰は見られなかったが、25歳以上の個体については年齢と共にその能力が減衰することが顕著であった。しかし、そのような高齢個体でも訓練の継続で学習が促進することも確認できた。 3.高順位の母から生まれた子どもの生後1年間の生存率は、祖母が生存している場合には、生存していない場合に比べ、有意に高くなった。低順位の母から生まれた子の生存に、祖母の存在は影響しなかった。 4.ゴリラの社会行動:11歳の娘が出産をしても、新生体を地面に置くなどの不適切な行動をした。しかし、その娘の母が新生体を抱き上げ、さらに娘に手渡すこと、抱くことを促す行動が確認できた。母が幼体の行動発達を促す足場作りをすることがゴリラやマカク類のサルで確認されているが、この事例はおとなの間でも足場作りが成立をすることをはじめて記録した事例であった。
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