1.研究の目的 文字単語の音読には「文字・意味・音韻」に対応する心的表象が関与し、文字表象の活性が音韻表象に直接伝えられる音韻処理と、文字表象の活性が意味表象の活性を介し音韻表象に伝えられる意味処理が想定されている。日本語では表音文字である仮名では音韻処理が、表意文字である漢字では意味処理が働くと考えられてきた。これに対し我々は、漢字の音読にも意味処理のみならず音韻処理も働くと仮定し、認知心理学、計算機科学、神経心理学の手法により検証している。 2.昨年度までの研究成果 漢字熟語の音読に意味処理のみが働くなら心像性(意味のイメージのしやすさ)の高い高心像語(例.医院、奉行)は心像性の低い低心像語(例.宇宙、寿命)に比べ音読が容易なはずである。一方、音韻的処理が関与するなら、個々の漢字の読みが一貫している高一貫語(例.医院、宇宙)は、個々の漢字に対し稀な読みを当てはめなければならない低一貫語(例.奉行、寿命)に比べ音読が容易なはずである。これまでの研究で、健常成人の音読潜時は、高一貫語が低一貫語より短く、高一貫語では心像性による差異はないが低一貫語では高心像語が低心像語より短かいことが明らかとなり、従来の説とは異なり、漢字熟語の音読では基本的に音韻的処理が働くが、音韻的処理が困難な低一貫語でのみ意味的処理の役割が重要となることが示された。また意味記憶に選択的な障害を示す意味痴呆における漢字熟語の音読成績を検討したところ、高一貫語の音読は良好であるが、低一貫語の音読に強い障害を示し「奉行、寿命」を「ほうこう、すめい」と読むなどの誤りが頻発した。一方、非語(例.医宙、宇院)の音読は良好であり、意味痴呆では音韻的処理のみに基づいた音読が残存していることが示された。また計算機シミュレーションでは、音韻処理、および(擬似的な)意味処理を実装したニューラル・ワークが健常成人の音読潜時における一貫性の影響を再現すること、意味処理を破壊すると意味痴呆の音読傾向が再現されることが示された。これらの結果は漢字語における音韻処理の存在を肯定している。 3.今年度の研究成果 意味処理には前述のように「文字→意味→音韻」のフィードフォワード(FF)型の活性化過程のみならず「文字→音韻⇔意味」のフィードバック(FB)型の活性化過程も想定できる。FB型処理の存在を検討するため健常成人において、文字形態は非語であるが音韻形態は単語となる同音擬似語(例.電給、爆談)と文字形態、音韻形態とも非語となる非同音非語(例.電談、爆給)の音読潜時を検討した。これらの文字列にはFF型処理の処理は作用しないと考えられるので、同音擬似語と非同音非語の音読潜時に差はFB型処理を反映するものと考えられる。実験の結果、同音擬似語の音読潜時は非同音非語より短かく、FB処理の存在が示唆された
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