人は生涯に膨大な単語知識を貯える一方、加齢にともない単語を検索し生成する能力が低下する。特に、人名などの固有名詞が思い出しにくくなると言われている。本研究は、一定時間にたくさん言葉を想起し生成させる「語想起課題」を用いて、高齢者の語想起能力とその低下のメカニズムを検討することを目的とする。 これまでに、健常高齢者50名(平均73.2歳、66-83歳)と若年者50名(平均20.1歳、18-25歳)を対象に、語頭音(例、「か」で始まる)、生物、人工物、固有名詞などにわたる48カテゴリーの語想起実験を行った。昨年度までの分析の結果、(1)高齢者は総じて若年者より生成語数が少なく(若年群の)平均約75%の生成率)、(2)中でも人名の生成(平均54%)が困難になること、(3)生成語数の時間的推移をみると、高齢者は若年者に比べ、開始直後から生成語数が少なく、制限時間(本研究では30秒)の影響は高齢者の低下の本質的な原因ではないこと、などがわかった。高齢者は、若年者より約3割語彙数が多いと推定されており、語想起における語彙検索の範囲が両群で異なる可能性もある。今年度は、高齢者と若年者の生成語の内容一致度を検討し、両群の語彙検索の特徴を比較した。48カテゴリー別に、生成語の種類別に、高齢群と若年群の生成頻度を数え、両群とも生成した語(以下、共通語)の総数に占める割合を調べた。生物、人工物、地名では共通語の割合が高く、両群の生成語の内容はよく一致した。一方、語頭音、人名、抽象語では共通語の割合が低く、特に、人名では半数以上の生成語が両群で異なり、内容一致度は最も低かった。生物、人工物、地名の語想起は、世代間に共通の(時の変化の少ない)語彙に基づいて行われるのに対し、人名の語想起は、世代間で異なる(時の流れに移ろいやすい)語彙に基づいて行われるため、相対的に想起困難が生じるものと推察された。
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