研究概要 |
我々は、マカクザル下部側頭葉皮質(IT野)のTE野損傷は視覚記憶障害を発現するが術前に記憶課題を過剰訓練すると障害が軽減されること、更に損傷後の記憶機能回復や代償がIT野以外の視覚関連領野の関与で行われていることを明らかにしてきた(大沢ら,1994)。本研究の目的は、この記憶機能回復(再学習)にTE野と密接な線維連絡を持ち、内側側頭葉記憶システムの一部である海馬傍回後部TF/TH野が深く関わっているか否かを明らかにすることである。実験では、日本ザル7頭を用い視覚性物体弁別学習(認知記憶と連合記憶)課題の過剰訓練の有無に対するTE野とTF/TH野の同時摘除効果を調べ、先のTE野単独摘除効果と比較して海馬傍回後部の再学習への関与の有無を明らかにする。本年度では、昨年から記憶課題を合計約9,600試行過剰訓練している(XOT)群3頭の内1頭と、非過剰訓練(NOT)群4頭におけるTE野とTF/TH野の同時摘除効果を調べた。その結果、(1)NOT群の同時摘除はTE野単独摘除に比べ何れの記憶課題でもより重度な障害を発現したが、長期の再訓練で各課題の再学習は可能であった。一方、(2)XOTサルはNOT群の何れよりも軽度な障害しか示さず、過剰訓練効果が見られた。本研究のTE野とTF/TH野の同時摘除は視覚前野からIT野の腹側及び内側を通り内側側頭葉に至る主な神経路の殆どを遮断していると考えられるが、同時摘除で生じた記憶障害は予想より重篤ではなく再学習も可能であった。現在、実験継続中でもあり確実なことはいえないが、TE野損傷後の記憶機能回復にはTF/TH野だけではなく他の領野も関与しているものと考えられる。来年度は、XOT群の残り2頭で過剰訓練効果の有無を調べるとともに、行動実験を終了した動物については脳組織標本を作成し皮質損傷領域を確認して研究成果をまとめて行きたい。
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