研究概要 |
1970年代のアメリカにおいて、古代ギリシャ以来続いてきた医療思想に、巨大な変化が起こった。医師の専権体制が疑問視され、ともすれば医師の操作の客体とみなされてきた患者の「自己決定権」が主張されるにいたったからである。こうして、インフォームド・コンセントを基礎とする医師と患者の「共同意思決定」が、徐々に制度化されていった。 本年度は、この「医療思想革命」の内実を解明するとともに、これを先導しつつこれと手を携えて進められた、医療社会学研究の過程を跡づけようと努めた。そのさい、パーソンズにつづくアメリカ医療社会学の第二世代に焦点をあわせ、Renee Fox,Eugine Gallagher,Andrew Twaddleらの精力的な学問的営為の意味を解明するとともに、『アメリカ大統領委員会生命倫理報告書』(1983)の分析に力を注いだ。医療思想革命の洗礼を受けず、インフォームド・コンセントの制度化も実質的に進んでいないわが国の現状を想起するとき、医療思想革命を進めた時期の理論的営みに光をあてることが、最も実りある教訓を引きだす道であると考えたからである。 その結果、70年代80年代のアメリカにおいて、先端医療が提起する諸問題について、多様な論争がくりひろげられ、哲学・神学・法学・社会学・医学の多様な専門分野の学際的研究が進んだこと、そのなかで医療社会学は、生命倫理学のいきすぎた個人主義的発想や自己決定権の絶対化を批判し、初期の生命倫理学がもっていた偏向とむきあい、これを是正するという役割を果たしたことが、明らかにされた。 この成果を基礎に、今度は実態にそくして、医師一患者関係がどのように変化したのかを確かめることが、つぎの課題となる。
|