本年度は、前年度にビデオ収録した記録テープを書き起こし、またその中で特に重要な箇所を選定してさらに精密なトランスクリプトを作成する作業を中心に行った。この作業を現在も継続中である。 トランスクリプトを作成したデータの一部に関して予備的分析を行い、以下の知見を得ている。1.規則語りを開始する発話は、それがルーティーンへの「介入」であることが観察可能であるような発話連鎖上の位置で行われる。これによって、この種の発話は特異な注目の対象となる。逆に、規則語りを終了させようとするときには、ルーティーンへの復帰が交渉のリソースとして用いられる。こうして、規則語りにはそれがルーティーンに対して「挿入的なもの」であることを示し続けるという指向が働く。 2.しかし、これと拮抗する指向も働いている。今ここの場面を統御するはずの規則について語ることは、それ自体、今ここの場面の構成要素となり、場面を変化させる。子どもはしばしばこの自己言及性を利用することで、規則をめぐるやりとりを紛糾させる。規則語りを「挿入的なもの」にしようという指向は、規則語りを今ここの場面から切り離された超越的なものにしようということであり、自己言及性を利用することはこれに対抗するのである。 3.指導員と子どもとの規則をめぐる交渉は、規則語りの自己言及性をどのように処理するかをめぐる交渉である、という見通しが得られる。この交渉には具体的には、自分や相手の行動を描写する発話におけるカテゴリーや、周囲の傍観者のふるまいも含めたその場にいる者たちのやりとりへの参加の諸形態などが利用される。これらのことがらの利用の実態とその論理を、さらに踏み込んで分析することが次年度に残された課題である。
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