本研究の課題は景観保全運動の成立機序及び社会運動としての特質を祉会学的調査研究によって解明することであるが、事例(和歌山市和歌の浦、和歌山市雑賀崎、奈良県吉野町、福山市鞆の浦)に即した研究から次のようなことが明らかになっている。1.景観の改変を容認する立場と保全運動との間で"景観論争"が生じるのは、景観評価における主観性に起因するとも考えられるが、むしろ生活歴や文化的背景を異にする集団や利害を異にする集団間における景観の把握の相違によるところが大きいと考えられる。2.景観把握の多様性及び重層性に関わっているのは景観体験の相違であると考えられる。景観体験は一面では個々人のものであり主観的なものであるが、他面では共通・共有の体験として集団のものでもあり得る。景観保全運動の成立機序の重要な一環は、共通・共有の景観体験の想起・創出であり、景観体験の共通・共有化である。従って、景観保全運動は、「景観体験を母体とし景観を再発見する集合的活動」として捉えることができる。3.保全運動が、保全すべきとする景観は、対抗関係にある集団(行政など)の言説や提示された計画(景観の改変を伴う計画)との関係で言語化され、フレイミングされるが、根底におかれているのは、生きられる景観である。即ち、言語化される前の感応的で体験的な、言わば一次的な景観である。この一次的景観の感応性・祝祭性が景観保全運動の成立機序の核心部には伏在していると考えられる。4.景観保全運動の中心メンバーには、互いに理解し合える景観意識が共有されており、こうした景観意識がメッセージとして他の住民や市民に伝達されることにより、共感を誘発し、また、影響を及ぼしている様相が見られる。こうしたことが運動成立の不可欠な過程となり、運動にダイナミズムを与えている。5.景観保全運動の展開方向には、地域づくりというテーマが見通される。
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