本報告書は「病院組織における助産婦と出産の正常性-誰が『正常』と認めるか」(課題番号11610232)というテーマで行われた調査および文献研究の成果である。調査結果の概要は次のようにまとめることができる。 総合病院の組織は一般的に医長、看護部長、産(婦人)科婦長、産婦人科医師、助産婦、看護婦といったスタッフによって構成され、<安全な出産><妊産婦の満足感>といったことはすべてのスタッフによってめざされている課題である。にもかかわらず、その職業的位置によって、正常産の専門家である助産婦に対する評価や期待は異なる。具体的には正常産をよりきちんと介助できるように、という期待の一方で、分娩異常にもきちんと対処でき医師と同レベルの知識と技術をもつこと、他科の患者の看護もでき病院全体の視野をもつこと、というように異なるベクトルをもつ期待が寄せられている。そうした期待の交差の中で、なによりも助産婦自身が、助産婦としての自分の技術に対してもつ信頼感が極めて低い結果が認められた。 この結果から、出産の経過を正常と認め、正常産は助産婦の担当であるとされていた時代は、いったいどのようにしてその判断が成立していたのか。調査者の関心は、出産の正常と異常の境界をめぐる攻防を歴史的に考察することへと移行していった。 1896年から48年間刊行された雑誌をもとに、このテーマの考察を行った結果、従来の定説とは異なる知見が得られた。 すなわち出産の医療化は従来、戦後GHQ占領期以降に起こったとされていた。ところが、報告者の研究によれば1930年代、地域は限定されるが都市を中心に誕生し、進行しつつあった。この進行には健康保険制度と社会事業という2つの社会的枠組みが大きく関与し、出産の医療化が進んだことが説明されている(第4章)。また、出産における「正常」と「異常」の境界が状況によって構成されるものであることも、雑誌分析から明らかにしている(第3章)。 報告者は以上の考祭から出産の医療化が第二次世界大戦を境に大きく変化したという従来の解釈とは異なる連続性を強調する。さらにその視点から出産の正常と異常の境界は、不変ではなく構成される性格をもっているのであり、それは立ち合う医師や助産婦の認識だけではなく、その時にどのような社会制度があるのか、正常の範囲内におさめるテクノロジーをもっているのか、助産者にその利用を許可するのか否か、といったことと結びついてのもであることを指摘しておく。
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