本研究では、数学の授業を主たる研究対象としながら、1学習のコンテクストに関する理論的枠組みの構築を行った。その際、分析単位として用いたのは、Y.Engestromの「活動システム」概念(活動を主体・対象・道具・共同体・分業・ルールからなるシステムとしてとらえる)である。文化-歴史的な活動理論にもとづくEngestromの学習論は、所与のコンテクストのもとでの学習だけでなく、そのコンテクストを創り変えることまで含んでいる点で注目される、ただし、本研究では、中学校の数学の教室でのフィールドワークをはじめ四つの事例検討を行うことを通じて、Engestromの活動理論的な学習論に対し、以下の五つの点で拡張をはかった。(1)活動システムのレベル-教室を主たるフィールドとしつつ、それがコンテクストの重層性と多様性の中にどう位置づくかを示した。(2)個々の学び--学習は集団的活動であると同時に個人的行為でもあるという視点から、個々のメンバーの学びの特質やプロセスの分析を行った。(3)活動と活動システムの区別--両者を区別し、両者の関係を「相互反映性」によってとらえることにより、授業と教室文化の関係を明確にした。(4)活動のプロセス--学習のコンテクストの理論に含まれるべき時間軸として、(1)活動システムの「非連続的で質的転換を伴う変化」、(2)活動システムの「連続的で漸進的な変化」、(3)活動のプロセスの三つを上げ、Engestromにおいては(2)(3)が欠落していることを指摘した上で、(3)を行為の連鎖のパターンとして記述・検討した。(5)活動システムの連続的変化とディレンマ・マネジング--上記の(2)について、教師のディレンマ・マネジングと関連づけながら、記述・分析した。以上の拡張を通じて、活動理論を基盤としつつ、状況的学習論、問題解決研究、相互行為分析、教室文化研究、教師研究などの成果を交差させた、包括的な学習のコンテクストの理論が提案された。
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