本研究は、読み書きに関する基礎的能力が、日本においてどのように普及し大衆化していったのかということを、近世初期〜近世前期の都市に焦点をあてて解明しようとするものである。これまでの読み書き能力の普及に関する研究が、主として村落資料を中心として展開されてきたのに対し、本研究においては都市関係資料を主たる素材として位置づけた。京都・奈良などのような古代以来の歴史を有する都市にくわえ、越後村上町、長州山口など、いくつかの地方都市についても調査をおこなった。以上の結果、次のような資料を収集し分析の対象とすることができた。 古代以来の歴史を有する京都町・奈良町などは、都市資料上もっとも注目すべき地域である。これらの都市には、中世末期・近世初期の文書が多数残存している。花押を有する宗門人別帳からは、当該町における識字状況をかなり詳細に復元することが可能となった。同じように花押を有する左官職人の連判からは、当時の職人の識字状況を知ることができた。その他「職業書き上げ」や町絵図から、手習師匠の存在を確認した。 越後村上町には、膨大な町絵図が残っている。また18世紀前半から当地において手習塾を開業していた磯部順軒の門人帳(入門者台帳)が伝来している。この照合によって、18世紀の地方都市における読み書き教育の普及状況を克明に復元することができた。 本研究の直接的な目的からははずれるが、山口県立文書館において、明治初期における同県内の識字率調査資料を発見した。これは、明治期のみならず、近世期における識字状況を知る上できわめて貴重な資料である。
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