今年度は現代ドイツの教育制度論議のキーワードである「学校の自律Autonomie der Schule」をめぐる議論のうちで、その実現を最も強力に根拠づけているいくつかの所論に基づいて作業を進めた。特に重要な議論は、ノルトライン・ヴェストファーレン州「未来の学校」委員会の報告書であることを明らかにし、そこで示された「学校の自律」論の特質を分析した。そこで示された「未来の学校」は、第一に、自発的な学びを重視する「学び舎Haus des Lernens」として、第二に「部分自律的な学校teilautonome Schule」として、描かれている。もはや学校は知識を伝達・習得する場なのではなく、個性的な「学び」をサポートする場として理解されなければならず、そうした「学び」を実現するためには学校は相対的に自由な裁量権をもった一体的な組織として再編されなければならないというのである。現在ドイツの「学校の自律」論は、この「未来の学校」委員会報告書を共通の前提として組み立てられている。私たちにとって興味深いのは、学校管理のあり方を学習観の転換と結びつけて構想するという点、その学習観の転換は二十世紀初頭の新教育運動にまでさかのぼって教育思想的に根拠づけられていること、などである。「学校の自律」は手放しで歓迎されているわけではない。それが公教育制度の根本原則である「教育の機会均等」を放棄するものである、という強力な批判がある。「よい教育」を求める「学校の自律」が、近代公教育の原則とどのように矛盾し、あるいは両立可能であるのか。教育制度の理論にとってはこのことはきわめて大きな論点となる。「学校の自律」論の射程を見極め、「よい教育」を求める公教育制度の理論との関係を明らかにすることで、3年度にわたる本研究課題に一定の結論を得ることが最終年度である次年度の課題である。
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