戦後日本の学校制度は、六・三・三制と称する開放的・大衆的な性格をもつものとなった。しかしながら、旧制度の影響などから、高校・大学間の接続と水準確保は円滑には実施されなかった。したがって、戦後、大学教育の大衆化が進んだにもかかわらず、大学教育が高校教育の上に連続的に接続する構造にはならなかった。戦後日本の大学入試や高校受験体制の問題の要因の一つがここにあると考えられる。戦後の高校は普通教育とともに職業教育(専門教育)をも施す学校となった。したがって、高校・大学間の接続を文字通り全面的に下から接続するものとして位置づけるとするならば、普通課程(普通科)のみならず職業課程(専門学科)も含めて、高校の全教育課程を大学の前段階として位置付けることが必要である。そうするならば、それにふさわしい教育課程を、高校・大学の両者がもつことが求められる。こうして初めて、大学を高校の上に連続的に接続させることとなる。ただ、その際、高校の普通教育と大学の一般教育を貫くカリキュラム構成の視点、高校の職業教育と大学の専門教育を貫くカリキュラム構成の視点を、両者ともに構築しつつ、その両者を含み込んだ現代的・総合的な教育課程の構成が示されなければならない。たとえば、高校教育・大学教育の内容を、現代的課題や実際的な市民生活に即したものにしていくことが重要となろう。他方、水準低下の配慮をするならば、大学院まで含んだ大学教育課程の順次性が重要となる。なお、本研究で考察が不十分であった点としては、大学と生涯学習との関係、最近の大学教育課程の変容と高校教育との関係の調査・分析などである。今後の課題としたい。
|