この研究では、日本におけるアイヌ新法をめぐる文化間紛争が、非暴力的な文化的-政治的要求をかかげる運動へと移行し、さらに政治的な「語り」における両義的解釈という紛争解決戦略によって法律の制定が実現された過程を、文化人類学的視点から実証的、科学的に検証し、紛争解決における文化的メカニズムの分析を行った。このため、文化間紛争と紛争解決に関する過去10年間におけるアイヌ関係新聞記事を収集、整理、データベース化し、検索プログラムを作成した。その結果、アイヌにおいては、この法律に対して、彼らの理念と現実との間の葛藤に起因する、対立する感情の併存が見られることが明らかとなった。 また、北海道阿寒湖畔において50年間続けられてきたまりも祭りを、対立から共生へのメカニズムという視点から分析し、アイヌの帰属性(アイデンティティ)と民族的共生の過程を明らかにした。その結果、1.アイヌの民族性の最も深い部分にある精神性の演出により、新しいアイヌ文化の創造が行われていること、2.この祭りの創造と実行を通して民族的な共生関係が形成され、それが維持されていること、3.そこでは、アイヌとしての民族的帰属性が、アイヌと和人とを含むより広い集団への帰属性に移行していること、が明らかにされた。さらに、民族的共生関係の形成を可能にするのは、経済的理由や「語り」の技術によるだけではなく、異なる集団を越えて、それらを結び付ける人物の役割と人間性が重要であることを指摘した。
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