本研究の目的は、日本における水田漁撈の実態を明らかにし、その民俗的・歴史的意義を論じることにある。今年度は、とくに調査地を滋賀県栗東市大橋(野洲川の扇状地にある条里地割の残る用水灌概稲作村)に絞り、水田漁携と村の祭礼との関係、およびその社会統合の機能について、インテンシブな調査研究をおこなった。 栗東市大橋においては、特権的祭祀組織である宮座の儀礼において、水田漁携が重要な意味を持っていることが明らかになった。かつて、秋になると44戸ある宮座の構成員が全員参加して大橋の耕地を流れる用水路において共同漁携がおこなわれていた。それはドジョウトリ神事と称され、宮座におけるひとつの重要な儀礼とされる。また、ドジョウトリ神事の日には、そのとき取った魚(ドジョウとナマズ)を用いてナレズシが漬けられるが、それは春におこなわれる氏神社の大祭において、中心的な供物として神事に用いられ、かつ氏子全員に振る舞われることになっている。 こうした水田漁携をめぐる一連の宮座儀礼は、大橋における村年中行事の中核を占めている。また、それは大橋の水田稲作を支える水利組織との関係も読みとれる。条里地割の残る優れた用水灌概稲作村であった大橋においては、共同漁として営まれる水田漁携とそれによりもたらされる水田魚類のナレズシは、村落社会の緊密な統合を図り、高度な水利社会を維持するうえで重要な意味を持っていたといえる。
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