本研究の目的は、日本における水田漁撈の実態を明らかにし、その民俗的・歴史的意義を論じることにある。そして、その上で、新たな漁撈類型として水田漁撈を提唱する。 水田漁撈を論じるとき、その主たる舞台となるのが水田用水系である。従来、内水面漁撈は、湖沼と河川に分類されてきたが、第3の水界として水田用水系は重要な意味を持っている。水田用水系とは、水田・溜池・用水路といった稲作のために作られた人工的水界を指し、その特徴は、稲作活動により1年をサイクルとして水流・水量・水温などの水環境が多様に変化することにある。 水田漁撈とは、水田用水系を舞台にして、稲作の諸活動によって引き起こされる水流、水温・水量などの水環境の変化を巧みに利用して、ウケや魚伏籠といった漁具を用いて行う漁である。漁の対象は、水田に高度に適応した生活様式を持つドジョウ・フナ・コイなどの水田魚類である。水田漁撈は、漁獲原理の上で、受動的で小規模な漁撈技術を多用する水田用水期と能動的で比較的大規模な漁撈が行われる水田乾燥期の2期に分けられる。水田漁撈の民俗的・歴史的な意義として、以下の5点を指摘することができる。(1)自給的生計活動(動物性タンパク質獲得技術)としての重要性、(2)金銭収入源としての重要性、(3)水田漁携が生み出す稲作社会の統合、(4)水田漁撈の娯楽性、(5)稲作史に与えた影響。 従来、水田漁撈は漁撈技術による類型では「雑漁」とされ、農民が行う取るに足らない生業として扱われてきたが、その裾野は漁業者による漁撈よりもはるかに広いものがある。さらにいうと、水田漁撈は日本にとどまらず東・南アジアの水田稲作圏全域にかかわる問題である。また歴史的に見ても、稲作文化と漁撈との関係は根源的なものがうかがわれる。
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