本研究が大きな課題として設定したのは、近世大名家という主君(大名・藩主)と個々の家臣からなる武家領主集団の組織編成の基本原理を究明することにある。そして本研究が、大名家という武家領主の社会集団の組織原理として重視したのは、簡単に言えば、成員の生活と身分が保障されていることである。大名家臣が相続法との関係で断絶されたり、奉公義務の落度・違反で武士身分を剥奪されることは当然ありうるが、少なくとも経済的理由から武士身分を失うことはない。大名家臣が窮乏状態に陥っても、債務を抱えて知行を手放したり、武士身分そのものを喪失して牢人となるような「自己破産」の例はない。いずれは救済され、更生して大名家臣としての常態に復帰している。大名家臣の生活と身分を究極において保障しているのは、家臣知行の担保物権としての機能と、知行を預かる主君の家臣に対する救済責務である。大名家臣個々の財政課題は基本的に家臣の自律的対処に任せられている。だが同時に、近世大名家では、自律的対処が限界にきている家臣を放置することはなく、なんらかの形で救済し、大名家臣としての常態に更生させ、武士身分を保障する手立てが構造化されている。その手立てとは大名家臣の生活基盤である知行を前提に講じられている。本研究では、小倉・熊本細川藩を中心に九州諸藩の給人関係財政史料、知行制関係史料を収集し、近世大名家において個々の成員の生活と身分がどのように保障されているのか、実態的に検討した。そして主君と家臣の主従関係・知行関係を経済的観点から捉え直し、大名家の成り立ちを究明した点で一定の役割を有している。
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