研究概要 |
多くの中世村落文書に恵まれ、また伝統的な村落景観・民俗儀礼を多く伝える近江湖西の高島郡新旭町を対象に、村落空間や村境の意識に関わる現地調査を実施し総合的な村落空間の復原的な研究を進めた。新旭町は山門領木津荘の故地であり、近江-若狭交通の拠点で、琵琶湖湖上交通の要港木津が位置した。木津荘は山門の最重要直轄荘園の1つで、地元に応永29年(1422)の膨大な情報量を有する検注帳などの文書(饗庭昌威氏所蔵文書)が遺されており、史料的制約から研究の遅れている山門領荘園の実態を考える上でも貴重な事例であるが、また荘域内には棚田的耕地景観を示す村落や、街道(古代北陸道・西近江路)に沿う村落、あるいは湖岸のエコトーンに立地する村落など、多様な中世村落が含み込まれている。平成11年度から13年度の3カ年で、旧荘域12地区(大字)の用水システムの特徴や俗称地名、とりわけ村落空間の意味づけがよく現れる祭礼や葬・墓制などの諸事象に注目して現況調査を行い、中世に高い開発密度を達成した村落の実態を明らかにした。それとともに、基礎史料である木津荘検注帳や木津荘引田帳のデータ・ベース化を完了した. 日本の村落は中国・朝鮮の村落に比べ、血縁集団の果たす役割が小さく、地縁的性格が,強いことが指摘されているが、近畿地方、とりわけ近江は、地縁的集団が最も顕著に発達した地域である.このような日本の村落の持つ特質を広く東アジア全体の中で考えるために、沖縄の竹富島・波照間島、韓国、中国雲南省・台湾の少数民族の村落の調査を実施し、村の門やチャンスン・ソッテなどの村境の装置に関する史料収集を行なって、日本との共通性と差異性を再検討した。
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