日本の仏教文化史上、経典の書写と装飾は、重要な位置を占めている。特に平安時代後期から鎌倉時代初期(11世紀〜12世紀)にあたる時期には、美麗な装飾経が盛んに作成されて、数多く今日に伝来している。その中で、特に目を引くのは、紺色金字の『妙法蓮華経』で、大量の装飾経が創出された。これらの多くは、天台宗の信仰上の営為として制作されたが、後世になって日蓮宗寺院に収蔵されることになった。 今回の調査研究では、日蓮宗寺院の宝物記録をもとに、これらの『妙法蓮華経』について所在調査を行い、とくに伝来密度が高い近畿地方の実地調査を実施した。これらの経典は、中世末期の戦国時代から近世初期にかけて、天台宗寺院や公家社会から。日蓮宗寺院に移動したものと見られる。これらの写経について、その所在と詳細な形状を調査した結果を報告書としてまとめて提供する。 調査したす友てめ史料については、さらに時間をわけて研究を進めようと意図している。平安時代末期の写経についてみるとき、『妙法蓮華経』もそのなかに含まれる。『一切経』の写経についても注目する必要がある。先年、京都妙蓮寺蔵『松尾社一切経』(国・重要文化財)の全体調査の延長として、近世初期の『天海版一切経』の調査を行い、日蓮宗寺院に伝来するものの現存経典一覧を作成して、研究上の基本史料として提供する。このたびの調査研究は、これまであまり注目されなかった、日蓮宗寺院に伝来する経典の所在調査を実施するのが主眼であった。これは、『妙法蓮華経』にとどまらず、一切経の規模にで拡大されなくてはならないという課題をかかえている。
|