研究概要 |
本年度の研究実施計画にもとづいて、史料の調査・研究・蒐集を行った結果、近世越後における割地制について、次のような新たな知見を得ることができた。 〔I〕近世越後において独自な「大竿検地」が割地との関係において明らかになった。 1、「大竿検地」とは、藩型検地=大竿検地→村型割地の実施過程のなかで農民が割地を容易に実施できるようにするため、藩に要望して取り入れられた検地であること、要約すると、複数の名請人の複数筆の或るまとまった区画(割地の単位といってもよい)を一筆として検地し、複数の名請人の中の一人を代表者として名請する方法による検地のことであった。 2.1が明らかになったことによって、近世越後における割地制を実施の過程から次の三類型に整理することができるようになった。 (1)藩型検地(大竿検地)→村型割地(2)藩型検地(銘々竿検地)→村型割地(3)村型検地(地ならし)→村型割地 〔II〕近世越後における割地制と「竿」との関係が明らかとなった。 1、割地仕法などで使用されている「間竿」という表現は,割地竿のことであって,幕府・大名らが検地に使用した間竿と同種のものではない。 2、割地竿は割地仕法にもとづいて各村で独自に作成されたので,越後においては多種類の割地竿が使用されることとなった。 3、割地帳の面積と検地帳の面積との対応が必要なときには,割地竿を間竿・検地竿で換算して処理した。 4、割地実施上必要であるならば,割地竿で田畑に畦畔・道・用水路なども含めて丈量することもあった。以上の諸点が明らかになったことによって,近世越後の割地制は、複雑でわかりにくい,といわれていた諸問題を整理して考察することができるようになった。
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