仁和寺の研究において、同寺の周辺に林立した院家の研究は重要な位置を占めている。本研究では院家について記した書物を院家記類と呼び、『仁和寺諸院家記』を中心にそれらを書誌学的に研究した。奈良国立文化財研究所編『仁和寺史料』寺誌編-(1964)は4種類の『仁和寺諸院家記』の本文を紹介しているが、心蓮院本(仁和寺蔵。室町末期)と恵山書写本(東京大学史科編纂所蔵。江戸中期)の2種は、各院家の歴代院主の次第を記している。心蓮院本の院主についての記述は簡略で、古い形態を残している。延宝年間(1673〜1681)までの記事を有する恵山書写本は、文化7年(1810)に出版された群書類従本と同じ本文を有し、院主の経歴についてかなり詳細に記している。恵山書写本と同じ本文を有する写本として、神宮文庫本(天明4年〈1784〉に村井古巌が林崎文庫に奉納)・和学講談所本(国立公文書館蔵。江戸後期)・温故堂文庫本(国立国会図書館蔵。江戸後期)があることを確認した。恵山書写本と同じ書式の本文を有し、しかもその祖型と考えられる写本が壬生家本(国立歴史民俗博物館蔵。江戸前期)である。同本は寛永年間(1624〜1644)までの記事を有し、、その原本こそが江戸初期に仁和寺で心蓮院本及び諸書を参照して編集された『仁和寺諸院家記』であると推定した。恵山書写本の本文に加筆して享保年間(1716〜1736)までの記事を収めた写本が真乗院本書写本(史料編纂所蔵。明和2年〈1765〉貞代書写)である。残る2種の顕證尊寿院本と顕證本(ともに仁和寺蔵)は、寛永年間の仁和寺伽藍再興に活躍した顕證が、各院家の由来と故地についての知見をまとめたもので、草稿本である前者を清書して成立したのが後者である。その他の院家記類についての書誌は、各院家の研究に付随してまとめ、歴代院主の経歴を中心として尊寿院について記した『尊寿院伝記』(仁和寺蔵)を全文翻刻した。
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