研究概要 |
平成12年度の実績としては、三本の論文を発表した。一つは、「三世紀から四世紀にかけての書写材料の変遷」(『流沙出土の文字資料』京都大学学術出版会)であり、楼蘭出土の簡牘と紙を分析することで、書写材料の変遷を考察した。その結巣、書籍はすでに紙に移行していたことは明らかであるが、行政文書、戸籍、帳簿などは、いまだ完全には紙に書かれてはおらず、特に戸籍に関してそれが全国一律に紙に書かれるのは、東晋時代(四世紀末)以降であり、河北の騒乱をへて江南への南渡に伴う大きな社会変動が行政文書の書写材料を変化せしめたといえる。書写材料の変遷がもたらした法制面での変化は、晋の泰始四年(268)の泰始律令の成立において、はじめて行政法規としての令と刑罰法規としての律の二つの法典の成立を招来したことであった。それは、従来皇帝の命令であった令が、それが発布された時間的順序にしたがってファイル化されたものが「令」であり、それは簡牘という書写材料の形態に規定されたものであった。簡牘から紙に材料が移行することでファイルから書籍つまり法典として命令が編纂されたそてが晋泰始令であった。 「晋泰始律令への道」(東方学報72,73)にて秦漢から魏晋にかけての法典の成立には書写材料の変遷が無視できない影響をもったことを明らかにしたのである。従来、材料(material)とそれが構成する形態(type)が制度system)と有機的な関係をもつこと、あまり考えられてはいなかった。制度史研究においてこれは無視できない視点ではないだろうか。
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