本研究は、清末〜中華民国期の中国で慈善事業がどのように行われていたかを明らかにすることによって、民間組織による慈善事業の発展の中で育まれてきた中国伝統社会の公共性が、近代においてどのような展開を遂げたのかを明らかにせんとするものである。 2年間の研究の第1年度にあたる今年度は、中国近代の民間慈善団体と地方行政機構との関係の時系列的な変化を明らかにするため、まず上海のケースについて研究した。上海図書館・上海市档案館で関連史料の収集を行うとともに、それ以外の関係する資料をも併せて検討した結果、次のようなことが明らかになった。この成果の一部は、<档案与上海史>国際学術討論会(1999年12月2日、於:上海)で、「従上海救火聯合会看中国近代城市的公共性」として報告した。 近代上海における民間慈善団体の活動は、後期帝政期中国の「善挙」の伝統を背景にしているが、近代になって地方自治が展開される中で地域社会の公共的機能に関わる活動は、「地方公益」という新たな理念を獲得した。「地方公益」の理念を念頭に行われた民間慈善団体の活動と、地方行政機構との関係は、基本的に協調的であった。両者の時期ごとの関係を見ると、清末民初に地方自治が行われた時期には、「地方公益」を掲げた地方自治機構の下で慈善団体の再編が行われた。この再編は都市発展に対応する積極的な意味を持つものであった。地方自治停止後の民国前半期には、民間慈善団体は、多面的な発展を見せた。この時期、官の関与は少ないが、民間社団の活動に対して協力的であった。1927年以後、南京政府下に上海市政府が成立しても社会福祉部門は相変わらず民間社団が担い続けた。だが上海市政府はこれらの社団に対して積極的な指導・監督・統制を行うようになり、「公」領域における国家と社会の相互浸透が進行した。
|