本研究は、後期帝政期中国の地域社会において地域エリートの主導する民間慈善団体に担われて発達してきた慈善事業が、近代の社会変化の中でどのような展開を遂げたかを明らかにし、これより中国近代の公共性について考察せんとするものである。 中国の代表的な近代都市である上海においては、各種の民間社団が後期帝政期以上の発達を見せた。民間慈善団体もブルジョアジーを中心とする地域エリートの指導下に民衆層をも結集して活発な活動を展開し、社会的弱者の救済をはじめとする都市社会の民生部門を中心的に担った。本研究は、上海の民間慈善団体のこのような活動の諸相を、各慈善団体の発行した徴信録・報告書や地方政府や慈善団体の残した档案史料などの史料を発掘・収集して、具体的に明らかにした点において、相当の成果を挙げることができたと考える。 こうした民間社団の活動を拠点として発達した中国近代の公共性と「公」領域は、後期帝政期中国の伝統に根ざし、外国文化の影響をも受けつつ、新たな社会秩序のあり方を模索する中で形成され、「地方公益」という理念で表現されるものとなった。行政機構は、「公」領域における民間社団の活動に対して指導・監督などの関与を行い、そこでは国家と社会は協調的な関係のうちに相互浸透を進展させた。 上海以外の地域における慈善事業の展開の様相は、様々である。大きな地域差を伴いながらも、全体としては、清代までの民間慈善団体の活動を基盤に、清末以来の地方自治・近代的地方行政の展開の中で、民政部門が地方行政の中に組み込まれてゆく傾向が見える。上海以外の地域の本格的な研究の展開は今後の課題となるが、本研究ではその基礎となる史料収集を行った。
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