本研究は、現在学習院大学図書館に所蔵されている、19世紀朝鮮王朝、慶尚道昌寧県の『戸籍大帳』14冊を用いて分析を加えたものである。『戸籍大帳』の残存状況は年次や地域によって均衡がとれてはいないが、当時期当該地域を研究するうえで、第一級の資料であり、国内外の学界に広く紹介すべきものである。14冊の『戸籍大帳』全体の基礎的な分析結果として、先ず、『戸籍大帳』の都巳上の条の数値と、実際に『戸籍大帳』本文に記載されている戸数や口数の数値の間に、かなりの乖離があることが確認された。これは『戸籍大帳』編成作業に様々な困難があったことと、当時期当該地域における人口の流動化現象が起きていたことが原因であろうと思われる。社会階層に関しては、戸主の妻の称号に着目して分析を加えた。戸主の妻の称号は、氏、姓、召史の三種類があるが、氏、姓、召史の順で社会階層が低くなるとされている。『戸籍大帳』では、年次が新しくなるに従って、氏を称する者が着実に増加し、その傾向は、昌寧県の邑内よりも外村部の方がより顕著であった。以上の基礎的な分析をふまえ、事例研究として、昌寧県に存在する郷校や書院に関する「身分・職役」を持つ人々や、昌寧県の郷吏を取上げ、その分布状況や、社会階層の変化、家族や血縁関係、所有する奴隷等について、『大同語』や『郷案』等『戸籍大帳』以外の資料をも利用しながら、分析を加え、有益な新知見を得た。
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