六朝時代を特徴づける貴族という階層を生み出した九品中正制度に対する、魏晉時代における広義の批判の諸議論、曹魏の司馬懿の議論(上奏か。および、それに対する曹羲の反論)と夏侯玄の答申、西晉の劉寔『崇譲論』、張載『権論』、裴〓『崇有論』、劉毅・衛〓・李重・潘岳・段灼・孫楚・束〓・熊遠(東晉初頭)の八つの上奏、王沈『釈時論』と魯褒『銭神論』、葛洪『抱朴子』(外篇)の内容を分析・検討した。なかでも、曹魏の夏侯玄と西晉の劉毅・衛〓・李重・潘岳の五つの議論と、王沈『釈時論』と魯褒『銭神論』は、訳注を作成した。それを踏まえて、以下のことが新たに明らかにした。第一に、魏晉時代の九品中正制度に対する批判の諸議論の中核をなす劉毅の議論の骨格は、選挙一般が本来的に有する人物評価の困難さが、九品中正制度における中正の権限の過大さと結合することにより、官界における朋党の形成を、ひいては、社会全体に風俗の汚濁化を招来した、という因果的な論理の展開であること。第二に、夏侯玄の議論をはじめ、他の賭議論を含めて、最大の批判点は、中正の権限の過大さに存すること。第三に、第二の点から、九品中正制度が郷里社会における人物評価の風潮に由来することを、ひいては、六朝貴族の原点が地方の名望家であることが再確認されること。第四に、批判の諸議論の中に、官僚制の原理、とくに、考課の要素に由来する「九品」(官品と郷品)という等級付けに対する批判が存しないこと。以上のことから、九品中正制度の本質、および、六朝貴族の歴史的特質を推定することができよう。
|