本年度は、ナチ政権に忠誠を誓って他のユダヤ人組織と一線を画したユダヤ人組織のうち、「ドイツ先遣隊」とその指導者ハンス=ヨアヒム・シェープスの主張・行動を中心に分析して、それらと他の同化ユダヤ人組織との関係などの分析も行った。 彼ら先遣隊は、親ナチ的な発言をし、新生ドイツの興隆のために、自分たちも参画する権利を主張した。しかし、シェープスは、ナチ思想の持ち主ではなかった。彼が望んだのは、ナチ的な全体的国家ではなく、国内の緒権力を認めてそれに奉仕する権威的国家であった。また、彼の反シオニズム・反ボルシェヴィズムは、第三帝国下の同化ユダヤ人(ユダヤ人前線兵士全国同盟や、ユダヤ教徒ドイツ国民中央協会メンバー)にとっても、取り立てて特異なものでもなかった。一方で彼のユダヤ教の解釈は、確かに彼特有のものではあるが、それは、プロテスタント的にユダヤ教神学を解釈することで、ユダヤ教を当時のドイツ・ユダヤ人に積極的・肯定的に受け入れさせることを目指したのであろう。「ドイツの地に根付いたユダヤ教、その信仰を守るユダヤ人は、それ故にドイツ人である。」つまり、彼ら以外の同化ユダヤ人の多くが、ユダヤ教徒であってもドイツ人であり得ると、ユダヤ人のアイディンティティを消極的に定義してきたのに対して、彼ら「先遣隊」は、信仰に忠実なユダヤ人であるからこそ、真のドイツ人であるのだ。と主張した。このように考えれば、シェープスらの試みは、ドイツ・ユダヤ人にとっての共通のテーマであったSynthese vom Deutschtum und Judentumの1つの新たな形態であったといえよう。また、一部のユダヤ人に対する、権利剥奪への免除規定がまだ機能していた1935年までという状況下での「先遣隊」の活動であり、シェープスの主張であった、ことも押さえておく必要があろう。
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