平成11年度〜12年度に取り組んだ、中国を中心とした研究から、13年度は朝鮮(韓国)やアジアへと視野を拡げた。アジア地域では特にインドが選ばれた。植民地下のインドと文学の関係については、E・サイードやサーラ・スレーリの著書に影響を受け、中国からインドに幅広く跨って存在し、蔑視の対象とされた<苦力>について考察した。その際、S・モーム『中国の屏風』、ホバート『揚子江』など欧米文学者の身体感覚が比較対照された。また大東亜共栄圏の拡大とともに、日本の出版界は、情報収集のためにアジアを描いた文学、例えばキップリング、ボンゼルス、アナンドなどの翻訳紹介に努める。帝国の外延とその文化表象の問題が、1930〜40年代の翻訳出版事情と密接に関係していることを論証し、新しい研究展望を拓いた。魯迅やガンジーとの会見が重視され、近代文学者における心身の問題を、野口米次郎のインド旅行や長与善郎の中国旅行を例にして分析した。 明治時代における竹添井井、佐佐木信綱を例外とすれば、大正時代におけるツーリズムの流行は、満鉄の招待と相俟って、文学者の<満鮮>旅行を容易なものにした。木下杢太郎、徳富蘇峰、安倍能成、大町桂月、田山花袋、川上喜久子などの中国・朝鮮体験を、詩歌・小説・評論・日記・随筆などの分析を通して明らかにした。成果は以下の論文に纏められた。 I「苦力の声-文学者は何を聴いたか-」(平成12年3月) II「大陸のイメージ-竹添井井から佐佐木信綱へ-」(平成12年7月) III「さまざまなる異郷体験-杢太郎、蘇峰、能成と朝鮮-」(平成12年12月) IV「桂月、花袋と<満鮮>の旅」(未発表) V「朝鮮という<異郷>-川上喜久子論-」(未発表) VI「<大東亜>の外延、あるいは外国文学の受容」(未発表) なお、未発表論文は「研究成果報告書」(400字原稿用紙換算、約435枚)の中に取り込まれている。
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