宗教関係(キリシタン・不受布施派算)のものを除いた一般書への出版禁令は、明暦3年のものを最初として、近世前期(17世紀から18世紀初頭)にも度々発令せられているが、その内容は、享保改革以後のものに比べて簡略なものにすぎない。そして、その影響は、文芸の世界のみに限定した場合、言論弾圧事件等としては発現しているわけでもない。しかし、出版書として公刊されることを配慮して、仮名草子・浮世草子の世界においては、自主規制が行われ、カムフラージュによってトラブルの発生を防ごうとする姿勢を見ることのできる作品も少なくはない。本年度の研究においては、新編日本古典文学全集『仮名草子集』の解説及び『浮世物語』などの注によってその具体的な様相を若干明らかにし、『近世文芸への視座』第一部「出版規制とカムフラージュ」において仮名草子・西村本、西鶴などについて、出版禁令を意識するが故と見られる自主規制やカムフラージュの問題を、やや概括的にとりあげつつ解明する努力を行った。今後は、個々の作品を取りあげつつより詳細な検討を行い作者の書く姿勢、同時にその創作方法などに対する禁令の影響を解明して行きたいと考えている。と同時に、山鹿素行、潮音などへの出版書の弾圧と見られる学芸界の事件をも視野に入れ、その事件の実相の解明をはかり、文芸の世界との関連をも考えて行きたい。
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