A 入手した資料の論文化:研究発表「二度目の世界戦争と朝鮮戦争の間」及び論文「同・批評性排除への非同意」において、雑誌『民主朝鮮』の検閲削除本文を復元し、事例研究を踏まえた私的解釈をおこなった。『民主朝鮮』は敗戦期の他の雑誌検閲事例と異なり、GHQ/SCAP検閲の限界事例と確認できた。これを、一つの収穫と考える。 B 米国議会図書館所蔵資料の整理:「戦時期の日常と<紙の上の言葉>」において、敗戦期文学に関する雑多な資料群を、米国議会図書館所蔵資料など在米資料や日本側資料の所在情況を勘案し、GHQ/SCAP検閲資料(私的呼称)・同押収返還資料(同)・同在米資料(同)に区分けた。これ自体、試論的段階における資料分類であるが、敗戦期におけるGHQ/SCAPを焦点化し、被占領下の文学を再考する基盤的条件を整序する方向性に基づく作業の一つである。 C 一九四〇年代文学の分析:研究発表「戦後文学と敗戦期文学と」において、四〇年代後半の文学を敗戦期文学と読み替える可否を問うた。小田切秀雄を戦後文学の強大な証言者の一人と位置付け、「小田切秀雄と検閲制度」において、実体的概念化の限界性を確認する視点として提示し、史的再考を促す契機とした。 D 事例研究・本文解釈・作品論:『国文学-解釈と鑑賞』別冊特集『坂口安吾事典』(事項編)は、別冊特集の基軸に沿ながら、これまでの私的作業を概論的に整理した。「林京子著「長い時間をかけた人間の経験」と青来有一著「聖水」」は、敗戦期文学の論究を現代文学の作品解釈へ敷衍する方向性を模索した論考である。 E 調査対象の拡大:聞き書き調査「石堂清倫さんに一九四〇年代前後を聞く」などは、調査対象の拡大を求める過程の一つの結実と考える。これらは各全国紙に紹介され電波媒体に時事的ニュースとして取り上げられた。
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