本研究は、清末民国期における小説概念が変質変容を遂げたのか否かを中心課題に据え、それを考究する視点として石印本小説の出版と雑誌等に発表された小説評論との二方面からの調査を総合して、特に古典小説の再評価が有する近代小説形成に対する役割・働きを明確にすることを目的とした。 まず、初年度は中国における石印本小説の目録作成を中心に作業に取り組んだ。その結果、1880年代後半から1930年代にかけての出版年全体を通しての傾向と出版拠点であった上海の中でも小説の刊行が四社に集中している状況がおおむね把握できた。しかし、国内出張による調査は一部実現できたものの、現地中国での調査が果たせなかったため、現物調査に困難が多く、とりわけ同書異名の弁別問題が残された。加えて、二年目以降も充実を期すべく作業を継続したが、所蔵機関や価格・発行部数など、既存の研究では全く手がつけられていない方面においてはやはり不明朗な点が多く、初歩的な考察にとどまった。この目録については予算の反映から今回の成果公表には含めていないが、より正確を期していずれ公にしたいと考えている。 二年目より、近代小説形成の理論展開に見られる古典小説に対する評価の記事や関連資料の収集整理を本格的に手掛けた。この方面では多くの評論・資料が鉛印の雑誌に発表された点及び過渡期の特徴として旧態依然とした形式・内容の小説も新理論の導入と一線を画す趨勢で刊行され続けた点から、古典小説の再評価と理論の反映としての近代小説形成とは随分と距離があると感じさせられた。その中で、石印本小説は明末清初の才子佳人小説的役割を負っているのではないかとの結論を得て、三年目に本研究の成果の一部として所属機関の紀要にその内容を発表した。
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