焦点化辞の作用域について 1.evenの作用域 否定の文脈において、補文中のAux位置のevenの作用域が主文にまで及んでいるようにみえる例の扱いは長年の懸案である。Rooth(1985)は、この種のevenは否定対極表現であり、evenの作用域はあくまでも補文内であるとしている。これに対してはWilkinson(1996)の反論があり、筆者もWilkinsonと同様、evenに広い作用域を認めるべきという立場にたつ。但し、Roothが証拠としてあげているkeep...fromの例については、筆者が既に指摘したevenの間接的な解釈法(これには独立の根拠がある)で説明できるので、この例に関するWilkinsonの代案は不要であると考える。否定の文脈以外でAux位置のevenが補文を超えた作用域をとり得るかは重要な問題であるが、時のas節内のevenについては一見したところその種の例と見なし得る実例が存在する。as節の意味的・統語的分析との関係を詰める必要があるので、現時点ではRoothの分析に対する決定的な反証となるかどうかは言えないが、注目すべき事例である。 2.サエの作用域 サエについて、埋め込み時制文を超えて作用域を取り得るとする主張が一部にある(佐野(2000)等)。これが事実であれば、理論上重要な意味合いを持つが、事実判断に大きな疑問がある。提示された例文の、作用域に応じた含意の違いは、語用論的には少しも明瞭ではなく、十分な説得力があるとは言い難い。また、英語の場合、否定の文脈であれば、evenが時制文を超えた作用域を取る実例は容易に見つかるが、日本語の資料では、対応するサエの実例は筆者の調査では見出し得ない。従って、上記の事実判断に関しては、理論上の分析の都合が無意識に影響を及ぼしている可能性、あるいは、母語話者としての本来の言語能力と、言語学者としての任意の作用域を計算する能力とが混同されている可能性に十分注意すべきである。
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