1.イギリス伝承バラッドに本格的な詩的評価を与えたのは18世紀初頭のJoseph Addison、19世紀初頭のWilliam Wordsworthだったが、両者はそれぞれの時代のゴシック的風潮に対する警鐘としてバラッドの持つ言葉の簡潔さと人間精神の高潔さに注意を喚起し、それによって各々の時代のバラッド・リバイバルに貢献したことを明らかにした。 2.これによって生まれた伝承バラッドの模倣詩、すなわちバラッド詩の軌跡は、表現と題材の両面における伝承の模倣を基底としながら、実は、ゴシック的要素を逸脱の中心軸として展開した軌跡でもあったという事実が検証された。 3.この背景には、伝承バラッドの物語自体が内包するゴシック性が関与している。悲劇的事件が圧倒的に多い伝承バラッドにおいて、殺人・嫉妬・呪い・近親相姦・亡霊・妖精などのモチーフはいわゆるゴシック的モチーフである。しかし、伝承の物語技法がその粘着的ゴシック性を消去するのに対して、詩人たちは感情表現の欠落した伝承の様式化した物語に惹かれつつ、そのゴシック的モチーフに精神的意味を付加して模倣から逸脱し、他方では伝承の物語技法を応用して模倣に回帰し、客観性の回復を図った。つまり、伝承からの逸脱と回帰の振幅の間でバラッド詩は生成・展開した。18世紀以降のイギリス近代詩の展開とバラッド詩の展開は表裏一体を成し、その中心軸にバラッドのゴシック性が深く関与していることを解明できた。 4.バラッド詩を系統的に研究する際に依拠すべきアンソロジーの類が不十分であるという現状に鑑み、詩人60名の作品60篇を載せたSixty English Literary Ballads(仮題)の編集準備を行なった。これはテキストに作品解説と語注を加えたものであり、結果として60篇のうち約半数が18・19世紀のゴシック・バラッド詩となった。
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