研究概要 |
1.2001年6月に慶應義塾図書館所蔵の初期印刷本および西洋中世写本の撮影および全ページのデジタル・ファクシミリ(CD-ROM)の制作をおこなった。今年度の対象は印刷による時祷書1冊(Paris,1503)および15世紀の典礼用詩篇写本、写本時祷書零葉である。また、撮影した資料については、詳細な書誌学、書物学的な記述をおこなった。 2.研究対象のひとつである大英図書館所蔵、Additional37049写本について、その挿絵の役割を論じた研究論文をまとめ、「中世における翻訳の理論と実践」に関する第6回国際学会(2001.7 スペイン、サンティアゴ・デ・コンポステラ大学)にて発表した。 3.研究期間中に調査しデジタル化した中世イギリスの写本および初期印刷本にについて、デジタル化した全ページをネットワーク公開が可能なかたちでデータベース化した。 本研究は、中世後期のベストセラーである時祷書と宗教文学アンソロジーの写本を主たる研究対象として遂行されたが、これらの書物における挿絵の機能の分析を通じて、挿絵やダイヤグラムがキリスト教教理に関するテクスト内容を視覚的に解題してゆくという、テクストと挿絵の相互補完的な関係を、具体的に跡づけることができた。これらの挿絵入りの書物は、キリスト教の教義を広く一般信徒へと浸透させ、中世後期の民間信仰の基盤を形成する上で主要なメディアとして機能している。テクスト内容と挿絵の図像に注目して書物の機能と読者層を分析することで、巡礼の手引書や物語文学など他のジャンルのテクストにおいても、民間信仰的要素を個別に抽出することができた。テクストの直接の媒体である書物を対象とした本研究が、様々なジャンルのテクストにおける民間信仰の分析に有効であることが明らかとなったと言える。また、特に未刊行資料をめぐって、書物のデジタル化とネットワーク公開が可能な形での図像データベース化を実現したが、こうした研究手段が、稀覯資料の可動性を高めるだけでなく、写本の解読や図像資料の相互比較において有効であることを実例を通じて示すことができた。その意味で本研究は、中世後期の民間信仰の具体的な分析と、デジタル化を利用したそのための方法手段の確立との両面で成果をあげることができたと言える。
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