本研究は英国史上初の女性作家であるLady Mary Wroth(1587(?)-1651(?))が描いた女性の主体の文化的意味を、当時と現代の英国の両社会のコンテクストにおいて探究するものである。今年度は17世紀英国の社会的コンテクストのなかでWrothの作品(劇作・小説・詩)を検討し、ルネサンス期の女性に関する膨大な量の第一次資料をできる限り多く読むことを中心にしながら研究を進めた。4月には、サンフランシスコで開催されたアメリカ・シェイクスピア学会第27回年次大会のセミナーで、Mary Wrothとジェイムズ朝のジェンダー論争について発表した。第一次資料のほとんどが日本では手に入らないので、夏には渡英し、大英図書館に収蔵されているWrothの作品と、17世紀以降刊行されていないさまざまな作家による女性論を研究し、版権の点で可能なものはマイクロフィルム・コピーに収録した。また、Wrothの実家であるSidney家の館、Penshurst PlaceのArchivesでWrothの手稿及びWrothの両親や館の執事の書簡を調べた。さらに16、17世紀の女性作家の作品の再版で現在手に入るものは購入し、同時に参考文献、研究書も入手して(いずれも東京女子大学図書館に収蔵)研究した。本年度はMary Wrothが、当時女性にふさわしくない行為とみなされていた創作をし、しかもロマンスThe Uraniaを出版したことの社会的意味と、The Uraniaのなかで描かれる女性登場人物と「暴力」の表象に研究の焦点を当てた。前者については昨年12月に刊行された拙著『英国ルネサンスの女たち:シェイクスピア時代の逸脱と挑戦』(みすず書房)の最終章「筆をもつ女たち」中のメアリ・ロスに関する箇所の一部でまとめたが、後者の研究はLinda Woodbridge教授編著のWomen and Violence in English Renaissance Drama(仮題)の一章としてアメリカで刊行される予定である。
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