今年度は夏休み中オクスフォード大学に約40日間滞在し、その間ボドレアン・ライブラリーに通い、当該の研究に必要な資料を収集閲覧した。イギリスで出版された本であればすべて揃っているこの図書館はブリティッシュ・ライブラリーに継ぐ蔵書量を誇り、私の領域に関してもまずない本(資料)はないといってよいものであった。滞在中は学会にも出席することができた。'The SeventeenthAnnual Seminar on the History of the British Book Trade'と称する学会で、ウェールズ大学とウェールズ国立図書館で行われた。この学会は回を重ねるにつれて充実してゆくが、今回の報告に見られたように、地方的な関心が高まってきたことは注目に値する。つまり、出版に関するかぎりロンドンだけのものではなく、地方的な広がりと深さが再認識されはじめたのである。イギリス各地に地方的知識人が多数存在していたことは、各地に散在したブック・クラブの実情から見ても明らかであり、そうした知識人を中心とした読者層がかれらに相応しい出版物(本や雑誌や新聞)を求めたのである。今回の学会では、ヨーク、ウスター、ハンティングドン、カンタベリー、ノリッジなどの出版と流通が取り上げられ、会場がウェールズということもあり、ウェールズの出版流通が集中的に論じられたことは印象的であった。「近世初期ウェールズにおける大衆文学の流通」や「ウェールズで西部における貸本業」などの報告はまさしく私の研究テーマとあい通じるものであり、じつに有益であった。―こういった収穫のもとに、私の研究は徐々に進みつつあるが、今年度は資料収集・調査のほかに、これまでの出版関係の文書をまとめる作業にも力を入れ、『イギリス近代出版の諸相―コーヒーハウスから書評まで―』と題する本を出版することができた。これによって、今後の研究の見直しを改めてたてることができるようになったのはしあわせであった。 次年度は今年の成果を踏み台にして研究調査をつづけたい。
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