今年度は完成年度に当たるので、海外での資料収集は行わず、文献を取り寄せたり、図書館等にでかけたりして、主として国内で研究に従事し、考察に時間を費した。『緋文字』論をまとめるべく昨年度の研究成果をふまえた同じ方向での研究の進めかたであった。すなわち単に17世紀英国との関わりだけでなく、17世紀や19世紀の、ヨーロッパや日本など一層広範な視野をもって研究を進めてきた。その過程で今まで見えていなかった側面が見えてきた。アメリカという国の理念が視覚的に表現された首都ワシントン、特に<ペンタゴン>の考察はルネッサンスの文化表象という広い視野から行われたので、『緋文字』に対する視野がさらに開けた。また英米の死の慣習については、ホーソーンが愛読していた17世紀の英国の書物から、<許されざる罪>に関するキリスト教の伝統的な解釈と古典的<メランコリー>の図像的解釈を『緋文字』のヘスターに試みた。落ち穂拾いによって『緋文字』論完成へと近づいた。研究の具体的内容は次の点に要約される。 1 昨年度に引き続き、17世紀英国文化を他の国と比較しながら、儀式や慣習、芸術など文化表象から研究した。特に今年度は懸案の衣装に関して重点的に考察した。 2 従来ピューリタニズムに焦点を当てていたホーソーンのキリスト教思想を、英国国教会、カトリックを含め、時代をこえたキリスト教の正統的共通認識から考察した。『緋文字』の舞台と同じ17世紀前半のロバート・バートンの『憂欝の解剖』の詳細な読みと、古典的<メランコリー>の図像からのアプローチを合体させ、謎めいたヘスターの描写の含む意味を解明した。 3 ノヴェルでなくロマンスだと自作品を定義するホーソーンの文学理論を、視覚的芸術と重ね合わせて考察した。
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