13世紀に書かれたと考えられるAncrene Wisse(尼僧の手引き)は、中英語、フランス語、ラテン語によるテキストが現存しており、それらが収録されている17の写本が知られている。1976年、E.J.Dobsonは作品の成立を解明するために、初めて全写本の系統図を作成したが、それは部分的な箇所を比較した仮説にすぎなかった。本研究では、Dobsonの仮説の問題点を指摘し、Dobsonの系統図に修正を加えた。 そこから、より正確なAncrene Wisseの作品成立の実態が見えてきた。原作が生まれてから、半世紀を経ないうちに、著しい数のAncrene Wisseのテキストが筆写されたことが明らかになった。また、ドミニコ会に所属する人物がこの作品の成立に深く関わっていたこともわかった。 写本調査は、主にロンドンの大英図書館とケンブリッジ図書館の写本室で行った。ケンブリッジ図書館の貴重本室では、中世後期の修道院、修道会、托鉢僧についての資料を収集した。日本で入手できないものについては、マイクロフィルムを購入したり、許される限りコピーして、A4に統一し分類した上でファイルにまとめ整理した。海外では関係の学会に出席するだけでなく、前もって現地の研究者とアポイントメントをとり、研究内容について話し合える機会をもった。また、関西大学にアメリカとイギリスから2名の著名な中世研究者を迎えることができ、古文書学のセミナーを開催し、有意義なディスカッションができた。 研究成果の発表は、この報告書に記載しているとおりであるが、総括にあたるものが2003年に出版された全頁英文によるA Book of Ancrene Wisse(ed.by Yoko Wada)である。今回の研究調査の過程で意見交換を続けた4カ国の学者とともに、特にこの本のために書き下ろした論文が収められている。
|