本研究の2年目にあたる本年度はまず、初年度における基礎的調査と文献調査を継続した。とりわけ7月後半には、本科研費により、約2週間にわたってフランスに滞在し、日本で入手できなかった文献の収集につとめた。またこの滞在期間中には、以前より私淑しているパリ第7大学のアンヌ=マリ・クリスタン教授をはじめ何人かの研究者に面会し、研究に関する意見交換を行うとともに、さまざまな便宜を図っていただいた。 本年度の研究成果としては、『ルゴン=マカール叢書』第11巻、『ボヌール・デ・ダム百貨店』における女性の位置に関する研究をまとめ、以前におこなったデパートと婦人客の関係の分析に加えて、デパートと女店員の関係の分析、および一介の女店員から出発して経営者ムーレと結婚する小説のヒロイン、ドゥニーズの役割の分析をおこなった。資本主義社会、大衆消費社会の進展とともに店員や事務員の数は増大するが、彼らは新たにブルジョワ社会に参入し、その広大な底辺を形作っていく。なかでもこの時代の女店員は、ゾラの表現によれば、労働者階級とブルジョワ階級の中間に位置する曖昧で中間的な階級を形成した。彼女たちの多くは低賃金であったために、愛人を持たざるを得なかったり、売春をおこなうものもいたが、それに拍車をかけたのは、陳列される商品と売り子との関係の曖昧性である。あらゆるものが商品となり、すべてが交換価値で計られる経済社会の中で、売り子たちも商品の様相を帯びていく。一方ヒロインのドゥニーズは、階級差別や性差別に苦しみながらも、その「女性性」によって経営者ムーレを個人的に「征服」することで、デパートという消費資本主義の「機械」に一種の倫理性を与える役割を果たしている。またこの研究に付随して、ゾラの小説と同時代の画家マネ、ドガ、ティソなどの絵画との共通性-「売り子」の主題、および「パリ郊外での日曜日」の主題など一一も発見することができた。これらの論文は来年度に発表される予定である。
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