ピエール・コルネイユの中・後期戯曲の作劇法の特徴を把握しながら、同時に、フランス等の当時の政治状況がどのように作品に反映されているか、また、中期以前の戯曲と比較して作者の英雄観や政治観に変化が見られるかを調査、検討した。中・後期の作劇法の特徴は、筋立てや登場人物の本当らしさをある程度犠牲にしても、観客に激しい衝撃を与えるバロック的効果の創出に重きを置いた点である。たとえば、フロンドの乱の最中に発表された『ベルタリート』では、夫の仇をとるために息子の殺害も厭わぬ母親の凄まじい情念が描かれた。確かに、コルネイユ的人物に特有の強靱な意志力と理性の重視、あるいは栄光や名誉の追求といった点からすると、中・後期の戯曲も、それ以前の作品と共通性を有する。しかし、それらが超人的な反自然の域にまで達し、時として通常のモラルを超えてしまうところに、この時期の特徴がある。 また、作品に時事性を賦与して、観客の興味を惹こうとする傾向が顕著になる。『ペルタリート』でも、その構成は同時代の清教徒革命やフロンドの乱を連想させずにおかない。政治劇の性格の強い彼の芝居では、作劇上のこうしたテクニックがきわめて有効に作用した。 コルネイユの中・後期の戯曲から普遍的な作者の政治姿勢を抽出することは容易でない。この問題は今後ともなお多くの検討を要する。ただ概括的に言えば、『ニコメード』以前には王権寄りであった作者の姿勢が、『ニコメード』を境としてむしろコンデ等の王権と対立する大貴族に親近感を示すようになった。実際ルイ14世紀の親政開始以後もコルネイユは、モリエールやラシーヌのように王の寵愛厚い劇作家となれなかった。これが、晩年のコルネイユの劇失墜の一因であろう。
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