本研究は、18世紀フランスの主要な作家の文学テクストだけでなく、それらの作家が読み、寄稿していた文芸誌をも考察対象とすることによって、当時の文学空間における作者の概念を、テクスト生産者とその受容者の二つの側面から明らかにすることを目的としている。今年度の科学研究費により、Mercure de Franceの一部(1721-1740)とJournal litteraire(1713-1737)等の文芸誌のリプリント版をはじめとする書籍を購入し、現在は文芸誌を中心に分析中である。 これまでの調査をとおしてわかったことは、18世紀の前期から後期にかけての作者概念の漸次的転換が、当時の文学テクストの中だけでなく、文芸誌の批評テクストや読者の投稿など、受容者側のテクストの中にも同様に検証されるということである。例えば、物質的にも精神的にも作者をその作品の絶対的所有者と考えない前近代的な作者の概念は18世紀前半までの文学テクストに頻繁に表れるが、同様の概念は同時代の文芸誌の中にも散見する。また、文学作品が匿名または偽名で刊行される習慣は、当時の文芸誌が読者とともに形成していた文芸共和国と称するユートピア的文学空間と密接に関係している。その中に登場するのは、多くの場合、匿名あるいは偽名を使った書き手であり、誰もが読者であると同時に作者となる可能性を持っていた。当時の人々にとって文学的言説を公にすることは、現実の個人を脱してもう一人の人物を生きることであったことをこのことは示唆している。現代のインターネットが提供する仮想的空間にも通じるこの文学空間の在り方は、世紀後半になると、新しいタイプの読者層の拡大、書物の商業的価値の向上とともに、次第に変質してゆく。文学テクストの中に確認されるそうしたその変化の過程を、平行する文芸誌の中に読み取ってゆくのが今後の課題である。
|