本研究は、著作権誕生以前の18世紀フランスにおける作者と作品の関係の概念を個別的な作者の視点を通して解明することを目的とする。これまでの研究では、プレヴォーの定期刊行物『賛否両論』や小説、ディドロの『出版業に関する手紙』を細かく考察し、そこに示された概念を抽出する一方、同時代の他の作家や行政官、書籍商やそれを代弁する法律家の論考と比較検討した。さらに、フランス文学論では参照されることがほとんどない法制度にも視野を広げ、16世紀から18世紀末までの英・仏出版関係法の流れの中にそれらを位置づけた。プレヴォーの場合、作者が作品として生み出したテクストという形ある部分については自らの所有権を強く訴えたが、作品に実名で署名することは一度もなく、作品のアイディアなどの無形の部分については他者との共有を進んで認め、すでに英国に萌芽していた作者と作品の絶対的関係の概念には、懐疑的な態度を示した。このことは、作者、作品、読者についてのプレヴォーの概念が前近代的な認識の中にとどまっていたことを示す。他方ディドロは、作者の個人的営為の成果である作品が作者の所有物であることを強く主張したが、同時に金銭と引き替えにその所有権を書籍商が十全に享有することを認め、その結果、書物の専売特許制度の強化と存続を訴えた。この考え方は、長く市場を独占し続けたパリの有力書籍商たちとその代弁者の主張を踏襲するもので、ディドロの独創は見られず、また近代的な著作権の概念を予告するマルゼルブなどの行政官の主張と対立するものでもあった。啓蒙思想家ディドロのイメージにそぐわないこうした概念は、文学作品を土地や樹木と同様に財産権の対象としてのみ論じ、その所有の精神的側面を無視したことに由来する。以上の成果は従来のプレヴォー、ディドロ研究が明らかにしてこなかったことであり、現在は後者について仏語の論文を準備中である。
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