19世紀後半から20世紀の前半のオーストリア小説の一次文献と二次文献の収集を行い、とくにエーブナー=エッシェンバッハ、フェルディナント・フォン・ザールに関する文献の収集を行った。フェルディナント・フォン・ザールについては、この作家の全体的な評価を試みる論文をまとめた(「偉大なオーストリア小説} 4-フェルディナント・フォン・ザールと「モデルネ」の散文-)。この論文では、わが国ではほとんど扱われることのないザールの劇作の評価から議論を出発させ、その32編の短編の特徴を、女性描写、家庭と父親像、現実の重層性などの視点から分析し、作品のさまざまなヴェルに現れる重層性が、大きな物語としてではなく、小さな物語に分裂していくザールの作品の本質をなすことを明らかにした。同時に、それがオーストリアという国家の時代的、社会的問題と密接に関係することをホフマンスタールの「オーストリアの理念」についての議論との関連で明らかにした。しかし、こうした問題が、近代のより大きな文脈において意味を持つ問題であり、たとえばリオタールの「大きな物語」の喪失をポスト・モダンの特徴であるとする議論と関係することを明らかにし、文学の場における最近のモデルネの議論を分析、整理することで、近代オーストリア小説が、19世紀のはじめから「偉大なオーストリア小説」の欠落によって貫かれていることを、ザールにおいても実証した。このような、小説それ自体の分析と並んで、ムージルの『特性のない男』のテキストをすべて、電子化しそのチェックを行ったが、膨大な作品であるため、この作業は次年度に継続される。
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