1998年、『殺人者の言葉から始まった文学-G.ビューヒナー研究-』(鳥影社)を出版した。本研究は、この著書で展開した論を裏付け補足し、ビューヒナー研究史上における本研究の位置を明確に示し、あわせて、『ヴォイツェック』と『レンツ』の作品が生まれた土壌となる当時の時代背景を主として殺人者の精神鑑定という問題に焦点を絞り明らかにしたものである。科学研究費申請の当初の目標も研究史の外観と時代背景の解明に的を絞り込んだ。その成果が以下の二点である。すなわち、ビューヒナー研究(四)は研究史を、ビューヒナー(五)は時代背景を、それぞれ調査し検討し、従来の論に対して批判的な観点から自らの見解を提示しようと試みた。 研究期間の後半は、ビューヒナーの作品に対する演劇的な側面からのアプローチが大きな課題となった。2001年に、ベルリンのシャウ・ビューネで観た『ダントンの死』の公演、ベルクのオペラ『ヴォツェック』の分析、さらには、レッシングやヴァーグナーやデュレンマット等の演劇やオペラの演出への関心。これらはいずれも、申請者のなかでビューヒナー研究を通して得た文体研究の成果が反映された結果である。言葉の戦略的な機能、群集の問題、主人公の感覚による一見断片的としか思えないがしかし基底のところで通じている太くて直線的な流れ。こうした観点からビューヒナー研究と関連する分野の演劇やオペラを観る視点が生まれた結果である。しかし、ベルリンやウィーンでのビューヒナーの戯曲や、その戯曲を台本にしてオペラ化した作品の上演はそう多くはない。このため、演劇的な側面からの研究は未完に終わった.これは今後の課題としたい。
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