「対照意味論」という旗印の下に、文意味論の構成とその中での意味の分岐を情報の観点から言語対照的に探求しようとする当プロジェクトは、初年度にあたる今年、早くも幾つかの実績をあげることができた。まず、事象構造(event structure)と項構造を統一的に説明する情況構造理論を吟味した。文法理論の中での位置づけが不明確な語彙概念構造に対し、情況構造は情況の時間的側面に対象を絞ってその動的変化に論理的表現を与えることで、情況に含まれる他の側面との関連を明確化し、また、動詞の語彙分解を司りながら項構造を定義してゆく意味論的役割を定式化するのに役立つ。(完了と受動に纏わる項構造の問題については第3回東西言語学者コロキアム(ドイツ)発表を参照。)Mori(1999a)は、これまでの(不)均質性に基づくアスペクト理論を実証的に検証し、(不)均質性理論の中心的根拠となっている名詞との並行性についての訂正を提案した。これはアスペクト分類の修正だけでなく、(不)均質性理論に留まるならば存在論(Ontologie)と指示(Referenz)に関する精密化が不可避であることを意味する。森(1999b)では最近のアスペクト理論が文意味の構成性と整合的であることを目指していることを確認した上で、最終的には動詞句のレベルにのみアスペクトを認める陥穽に陥っていることを指摘した。そのうえで、文構成の中におけるアスペクトの遍在を認め、文レベルでは基本的に複数が措定、談話の中で一つが特定されるという代案を提示した。第4回「意味と意義」会議(ドイツ)発表においてはさらに、この代案を具体化する方策として、情況構造理論をもとに動詞アスペクトと名詞の複数性の合成を考察した。他方、言語処理との接点を探る形式文法の展開という観点からは、Yoshimoto et al.(2000)でDRTをHPSGに取り込みながら、日本語複文における時制を統一的に把握できることをこの枠組みに従って示した。
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