1999年4月から2000年3月までの1年間の研究実績は、裏面の一覧表に記入した通りである。本研究第1の成果である著書『あまりにロシア的な。』は、これまで私が、ソビエト全体主義と芸術の関わりをめぐって考えてきたことを、一般の読者にも分かるような形で提示したロシア論であり、過去5年間に私が進めてきた研究の第一段階での総括の意味をもつと同時に、本研究の今後の指針となりうべき内容を含んでいる。本研究の第2の成果は、雑誌『國文学』に発表された「錯視のポリティクス」である。これは、1920〜30年代にソビエトで活躍した写真家・デザイナーのアレクサンドル・ロトチェンコの「遠近短縮法」の意味を読み解いた論文だが、無限のリアリズムを志向する写真というジャンルが、スターリンの支配する全体主義的状況下でどのような政治的意味をもちえたか、を軸に、ロトチェンコのとった「非政治的」方向性と政治性のねじれを歴史的に解き明かそうとした。本研究第3の成果として挙げられるのは、現代作家ウラジーミル・ソローキンを論じた「デコールとリアリズムの間」である。これは、ソローキンにおける前衛的小説作法と全体主義芸術、ないしは社会主義リアリズムとの関係を明らかにしつつ、その作家的本質に迫ろうとした論文であり、私はその中で全体主義芸術再評価(必ずしも倫理的価値観にとらわれる必要はない)への糸口をつけようと考えた。最後に、過去10年、ソビエト全体主義芸術を論じる際に、常に論争の中心となってきたボリス・グロイス著『全体芸術様式スターリン(スターリンという様式)』(共訳)が近々上梓されることを付け加えておきたい。現段階ですでに第2校まで出ている。
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