平成13年度は最終年度にあたるため、総仕上げの作業を行ってきた。発表した論文は次の2点。 (1)「生と死のカオスモス-アンドレイ・プラトーノフ『土台穴』論」(『モダニズムの越境』第二部「権力/記憶」所収、124〜150頁、人文書院刊、2002年)本論文は、スターリン時代を代表する作家アンドレイ・プラトーノフの中篇『土台穴』を主としてイメージ論の立場から分析したもの。作品のコアイメージである「土台穴」を、生のベクトル(ユートピア創造)と死のベクトル(犠牲)が交差する両義的シンボルとしてとらえ、個々の人物造形からイデオロギーのレベルにいたるまでこの両義的特質が貫徹していることを明らかにしつつ、第一次五カ年計画及び農業集団化に対するプラトーノフ独自のスタンスを解明した。 (2)「オペラと権力闘争ーショスタコーヴィチの1936年」(『スラヴ文化研究』創刊号、東京外国語大学、1〜21頁)本論文は、ドミトリー・ショスタコーヴィチの音楽における「二枚舌」の問題を論じたもので、主として1930年代の二つの作品『ムツェンスク郡のマクベス夫人』及び交響曲第5番を対象としながら、スターリン体制下における検閲との戦いがどう実現されたかを、テクストに織り込まれた数々の引用の意味を解読しつつ明らかにした。なお、これまで本研究課題のもとに発表してきた一連の論文は、本年5月に岩波書店から『礫のロシアースターリンと芸術家たち』(総350頁)として刊行される予定である。
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