本研究はおいて、私は、主としてスターリン体制の確立期にあたる1920年代末から第2次大戦終結後のジダーノフ旋風時代にまたがる約20年間の文学、芸術を対象としつつ、ペレイストロイカ以後に公開された種々の研究、アーカイブを用いながら、次の6つの視点から考察を試みた。(1)スターリン体制下で抑圧された作家、詩人(M・ブルガーコフ、O・マンデリシターム)において、レジスタンスの手法としての「二枚舌」(面従腹背)はどのように表象されたか。その具体的作品の分析。(2)体制支持派の作家(A・プラトーノフ)にとって、第一次五ヵ年計画と農村集団化という同時代の現実を写しとる手法はいかに可能であったか。そのユートピア的世界観はどのような変容を蒙ったか。(3)検閲による抑圧下で沈黙を強いられた詩人(A・アフマートワ)にとって、サバイバルの手法とはどのようなものであったか。そしてその作品(『レクイエム』)における「母性性」「沈黙」そして「記憶」の意味について。(4)全体主義システムもとで(ないし大テロルのなかで)自殺した(ないし謀殺された)詩人(V・マヤコフスキー)、作家(M・ゴーリキー)たちの死の存在論的意味について。(5)文学外のジャンル、音楽(D・ショスタコーヴィチ)、映画(S・エイゼンシテイン)、写真(A・ロトチェンコ)におけるスターリン個人及びスターリン権力の表象とその両義的な意味について。芸術問題委員会との闘いの現実。彼らはソビエト全体主義と和解したのか、それとも抵抗したのか。(6)スターリン批判後のソビエト文学(V・ソローキン)や美術(I・カバコフ)における「抵抗」の論理とポストモダニズムについて。彼らの作品に見られる全体主義傾斜の意味とは何か。
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