本研究は、11世紀後半にロシアで最初のキリスト教聖人に列せられたボリスとグレブの兄弟を主人公にした中世ロシアの一連の著作、すなわち 1)年代記『過ぎし年月の物語』の1015年〜1019年の記事、2)いわゆる『無名作者によるボリスとグレブの物語』、3)『ネストルによるボリスとグレブ講話』という3つの独立した作品の形をとって現れる「ボリスとグレブの物語」群を、従来の文献学的手法に加え、物語の構造分析やテクスト言語学の方法といった20世紀後半に開発された新しい方法論を用いて分析し、それら相互の関係、成立の経過を明らかにすることを目的とする。4年計画の初年度である本年はそのための基本的作業として以下のことを行った。1)『過ぎし年月の物語』の1015年から1019年の記事の記述の方法、言語的特徴を同年代記の他の部分、すなわち通常の歴史的出来事についての編年体記述の部分と比較・対照することを目標に、同年代記全体の再分析を開始した。2)従来の欧米・ロシアの研究のうちで、ドイツのMullerとポーランドのPoppeの論争を中心に、とくに最近の重要な研究についてサーベイを行った。3)本研究の対象となる主要なテクストのうち、ウスペンスキー文集所載のテクスト(モスクワ、1971)をコンピュータ化するとともに、『無名作者によるボリスとグレブの物語』のシリヴェストル写本のファクシミリ版テクスト(モスクワ、1985)のローマ字転写ならびにコンピュータ入力の作業を開始した。4)これらテクストのコンピュータ化作業と並行して、従来ある福岡教授による邦訳をも参考にしつつ、再度独自の日本語訳作業ならびに訳注の作成作業を行った。
|